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大木君の博打センスは天才的で、どんな時も物おじせず大胆に
勝負する反面、かなり繊細な注意力もあった。おまけにイカサマ
もするし、人も騙すし、平気で人を裏切る。
そんなかなりの悪だが、本人はそんなつもりはないらしい。
そこが彼の本当のばくち打ちとしての強さだろう。
そんな強い大木君に守られながら戦っていた私は、まだまだ地味
で、目立った活躍はありませんでした。
私がばくち打ちとしての頭角を現すのは、ここからかなり叩かれ
続け、何度も頭打ちを繰り返した、もっともっと先になります。
それからしばらくは、円クラブに入り浸りになりました。フリー
ではあるけれど、顔見知りの仲間、というより敵がたくさんでき
ました。
中でも予備校に通ってたけど、勉強そっちのけでパチンコと麻雀に
明け暮れていた浪人生の宗田君や、梅田食堂街の麻雀屋の息子とは、
円クラブが閉店してからもミナミで朝まで貸卓麻雀をしたり、
不動産屋の沖さん、ノミや大畑さん、先物取引のクマさんやとは、
「す」という名前のトランプゲームをエンドレスでしました。
その中には、いつも大木君とオタ峰さんが一緒に入ってました。
私は大木君とコンビを組んでいましたが、大木君の好リードと
綿密な作戦が効いて、どの場、どの種目でもトータル勝ち組に
まわってました。
その日はそんな感じでやられました。
しかし、負けず嫌いの私はその店に通い続けました。
そのうちに、早い仕掛けのペースにも徐々になれ、私もそれに習い
同じような鳴き麻雀のスタイルに切り替えていきました。
それからは成績も安定して、そこそこ戦えるようになって来ました
が、オタ峰さんとの対戦はあまり分が良くありませんでした。
それもそのはずです。のちにオタ峰さんとは仲良くなり、本人から
聞いた話ですが、円クラブで貰っているメンバーの給料は手取りで
15万円で、しかもゲーム代のバックもその他の手当てもなにもな
かったそうです。
彼はその過酷な条件でも毎月ちゃんと給料を持って帰る、かなりの
つわものだったのです。
もう一方の卓もすぐに終わったので、私はそちらに入ることになり
ました。
その時スーツを着たお客さんがふたりやめたので、私の対戦相手は
不動産屋風のおじさんと店主の海坊主、そして若いメンバーさんの
オタ峰さんになりました。
オタ峰さんはオタ風ばかり鳴くからその名が付いたとかつかないと
からしい。
席順は私、オタ峰、海坊主、不動産屋の順で始まりました。
不動産屋はそうでもなかったが、さすが元ブー麻雀出身だけあって、
店主とオタ峰さんはとにかく鳴きまくります。
とくにオタ峰さんは、名前の通りオタ風でもなんでも鳴きまくるの
で上家の私はツモをかなり飛ばされ、順番が回ってきた時には場が
煮詰り、勝負できないような状態が続き苦戦しました。
セット麻雀は面子が揃いにくいし打つとこがなかったので、
大木君とともに、円クラブのフリーを打ちに行くことになりました。
着いたのはお昼すぎでしたが、すでに2卓たっていました。
片方の卓には店主の海坊主が入っていて、もう片方には私服だった
けど、まわりのお客の動向からメンバーさんだとわかる若い
お兄さんが入っていました。
まもなくお兄さんの方のゲームが終わり、手早くルール説明してく
れました。
レートは1の沈み10、飛びが10でハコ5千円。ゲーム代が
トップ払いの千円で当時でもかなり安めでした。
もともとブー麻雀の店だったらしく、その名残りでフリテン片和がり
(フリテンの現物以外出和がりOKのルール)の変則ルールもあり
ましたが、そのことはさほど問題にはなりませんでした。
この時代はまだ即、裏、赤などのご祝儀(チップ)がなく、かなり
平穏なルールでしたが、当時の私たちにはかなりの勝負でした。
そして説明の途中からやる気満々だった大木君が、先発でその卓に
入っていきました。
セット麻雀の結果はやはり大木君が勝って日向君が大負け、大寺君はチョイ
負け、私チョイ勝ちで終わりました。
仕切っていた大寺君が精算時にタコ入道のマスターに聞きました。
「あそこでやってるのってフリーですか?」
マスターは、
「そうやで、やってみるか?」
と答えました。その後は、レートは1でハコ5千円ということだけを聞き、
その日は帰りました。
打つところがなくなった大木君と私は仕方がないから、しばらくの間は誰か
もうふたり相手を探してセットをしてました。
とは言っても、我々ふたりと打ちたい同級生はおらず、嫌がる奴を無理やり
連れてきて卓を囲むような感じだったので、一度打って負けた相手は二度と
は参加してくれませんでした。
そんな日々を送っていたある時、久しぶりに大木君、大寺君、日向君、私の
フルメンバーで麻雀することになりました。
そのセットの場所は大寺君が見つけてきたのですが、阿倍野近鉄の裏にある
古ぼけた雀荘で名前は円クラブ(仮名)です。
円クラブは別にどうというような特徴もない店でしたが、元プロレスラーみ
たいな感じのヤクザ風のタコ入道のマスターらしき人が、お客さんと一緒に
打っている卓が1卓ありました。
どうやら高校生であることがばれて、出入り禁止になったらしい。
私たちが黙っていると、メンバーさんは続けて言いました。
「桃屋君(仮名、私のことです)、昨日マスターと打ったやろ?その時聞か
れへんかったか?」
なんと、マスターは丹山のマスターだったのです。若くてやさしそうな風貌
から、とても雀荘のマスターには見えなかったので、勝手に喫茶店かレスト
ランのマスターと勘違いしてしまいました。
そういえば、前日マスターと打っているとき、高校生であることを聞かれ、
あまり気にせず返事してしまったのがまずかったのです。
そして、仕方なく私たちは店の外に出ました。メンバーさんは慰めに
「学校でたらまたおいでな〜」
と言ってくれましたが、私たちは肩を落としそのまま帰りました。
それからは、気分よく打てたことと相手にも恵まれたこともあり、途中寄せ
る場面を作ってそこそこ浮かすことができました。
そして次の日も大木君と一緒に丹山へ行きました。
店のドアを開けると、いつも気さくに話しかけてくれるメンバーさんが目の
前にいました。だがメンバーさんにはいつもの明るさはなく、少し間をおい
てから私たちに話しかけました。
「ちょっとこっち来てくれる?」
と言い、私と大木君を店の隅の方の卓に誘導しました。何事だろう?と思っ
てる私たちにメンバーさんは今度は間をおかずに言いました。
「君ら高校生やろ?ちょっと具合わるいねん。」
私の戦績は、いつも負け組のノッポやギャング風が入った対戦では勝ことが
多かったのですが、一番強いカマキリやたぶん二番目に強いメンバーさんと
の対戦では苦戦することが多く、どうしても勝てませんでした。
そんな戦いを繰り返す毎日でしたがある日、丹山のお客さんにしてはやや若
め初めて見る人と対戦することになりました。
その人は30代くらいの感じで、近くの喫茶店のマスター風の人でした。な
ぜなら他のお客さんたちにマスターと呼ばれていたからそう思ったのです。
そのマスターは陽気な人で、麻雀を打ちながら終始私に話しかけてきました。
「お兄ちゃん若いな。学生か?ひょっとしたら高校生ちゃうか?今度女の子
紹介してよ!」
と、こんな感じでした。
場は和やかに進行していい感じでしたし、マスターの麻雀もやや弱風だった
ので、私はいいひと見つけたと思いました。
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